白い風とくさはらの唄 豆本紹介

〜白 い 風〜

 白い風が立つ。

 どこまでも続く白い砂漠に生きて動くものの姿はひとつも見えない。
 青空にただひとつ白熱する太陽だけが規則正しく動いている。
 何者をも育まない不毛の大地では、死んだ砂が風に煽られ流れるのみ。
 砂漠は広がりつつあった。
 急速に、確実に、砂がその手を伸ばしている。
 熱風は周辺に生きる草原を薙ぎ、砂を運ぶ。
 もし人が空を飛べるなら、乾きが大地を蝕むさまをありありと窺えただろう。
 この空には飛ぶ鳥すらなく、人の住む地からは余りに遠かった。

 どうやって 知らせよう。

 どうやって 伝えよう―


〜く さ は ら の 唄〜

 くさはらを渡る風がささやく
「昔ここは森で豊かな木々と獣達の土地だった」

 草の海が深く肯く
「昔ここは森で豊かな木々と獣達の土地でした」

 今では歌う鳥もいない

「くさはらを羊飼いが渡るよ
 彼らは知っているんだよ
 その先の砂漠をね
 砂漠のかつての姿もね」

 草の海が肯く
「昔ここは森でした」

 風が語る遠い記憶
「最初の斧の振られたのがいつだったか
 それは誰も知らない
 森の南から、森は南から、少しずつ畑になった」

 草の海がざわめく
「羊飼いはその頃羊飼いではなかったの」

 風が答える
「羊飼いはその頃羊飼いではなかった
 森の南から、森は南から、少しずつ畑になった
 森の住人は北へ
 畑に追われて北へ」

 今では歌う鳥もいない

「最後の樹は いつ伐られたろう…
 森の人たちは住む所を失くしたよ」

 風が溜息をつく
「畑の人々と暮らすのは
 何故だかとてもいやだった
 森の住人は北の野に出た」

 草の海がさざめく
「それで森の人たちは
 羊と暮らし始めたの」

「草原はどこまでも続いていた
 森の住人は馬とも仲良くなった
 犬と共に羊を守り
 昔程豊かではないけれど
 幸せに暮らした」

 草たちの声が遠ざかる
「時々森を懐かしみはしたけれど
 幸せに暮らしてたね」

風が語る
「畑はどこまでも広がった
 麦はすくすくと育ち
 南の人々はますます豊かになった」

 遠ざかる草の声
「麦はひととせに二度とれたよ」

風が思い出を語る
「森だった大地は驚いた
 こんなに働いたのは初めてだったから
 そして疲れた
 こんなに忙しいのは初めてだったから」

 砂の海がひらける
「幾つかの季節が巡り
 大地は疲れ果て力を失った」

 風は砂漠を駆ける
「大地は何ものも育まなくなった」

「大地の屍からは乾きが生まれた
 すべてを我ら 砂に変えるもの」

 風が白い砂を吹き上げる

「旱魃の龍ドラウト」

 風に舞う白い砂

 白い風が吹く

 風は熱を帯び
 砂を運び
 草の海へ戻る

 砂も風も
 もう何も言わない

 何も語らない

 草さえも

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